部室から出てきて、数分が経っていた。
 大和と会長のことを考慮して出てきたものの、また大和が何やらおかしなことをして会長を怒らせてなければいいけれど、などと思ったが、大抵大和に押される会長なので大丈夫だろうと信じる。

 しかしこの帰り道を共にしている四人中、彼らの関係を知っている人間はその半分だろう。俺とつこみ。カロムもすんきも、分かっていないような気がするからだ。どうして部活動中に突然出てきたのかも、どうして俺らがにやついていたのかも、きっと彼らは知らない。

 俺とつこみは一応付き合っているということになるのだが、どうも、恋人らしいことというものはしたことがない。例えば手を繋ぐだの、キスをするといったことをしたことがないのだ。
 どのみちいつも主導権を握るのは彼だし、彼が手を差し出してきても彼が唇を近づけてきてもそれにそのまま従うつもりではいる。けれど彼は俺たちが恋人同士であることを忘れているような気さえしないでも、ない。

 大和と会長はいいな、そんなことを唐突に考えた。会長は俺以上に扱い辛そうだから大和は大変だろうけど、あの能天気さだ。然程苦労していなさそうでもある。元々大和は人に思いを伝える点に於いてははきはきしている方だし、会長も何だかんだ言いながらそれに流されてしまうし。会長からなんてことは滅多に無いだろうが、大和からと考えればキスも相当してそうだし。
 はあ、と溜息を吐いた頃、ようやくつこみは俺に話かけてきた。

「何、どうかしたん?」
「……いや、別に。何も」
 まさかここで恋人らしい事したことないよな俺ら、などと言えるはずがない。二人きりならまだしも、俺らの関係を知らない二人の前でそんな事を言いたくもなかったからだ。気恥ずかしさもあるが、それ以上に馬鹿らしい。

「なあ、やまぴーと会長、うまくいってんのかなぁ?」

 つこみが突然そう言った。俺は一瞬、それに関しては禁句だろ、と心の中で盛大に突っ込み冷や汗を流したが、どうやら残り二人は向こうの空に飛んでいる鳥の大群に目を光らせているらしかった。高校生だろお前ら、と言いたくもなったが、彼ららしかったので放っておく。

「さあ……でもまぁ、どっちでもいいんじゃねぇの?」
「えー?何やノマル、えらい無関心やん」
「いや、無関心っていうか……多分何がどうなっても大和ならどうにかするだろ」
「うはっ確かに!」

 可笑しそうにしているつこみは、俺より背が低くて、高校生の筈なのに小学生みたいで、俺と同い年な筈なのに子供体温で温くて、まるで本当に自分よりも年齢が低いようだ。
 そんな奴に主導権を握られているのも切ない気もするが、もういつの間にか慣れてしまった自分が居る。悔しいやら情けないやら、恋は惚れたもん負けと言うのはまさにその通りである。

「何の話してたんですー?」
「カロはまだ知らんでもええねんでー」

 相変わらずカロムの喋りはとろい。かといって別に遅いから苛々したりはしないけれど。平たく言えば、それにももうずいぶん慣れた。
 つこみは自分と負けじ劣らず低い背のカロムの頭を撫でている。カロムは頭を撫でられながら「えー、そんなんずるいですやんかー」と膨れっ面。つこみとカロムとすんき、この三人が集まっていればどこからかふわふわしたやわらかい雰囲気が飛んでくる。少々苛立ったときも、この三人が目の前にいれば自然と心が和むのだ。全く、不思議な奴らだ。
 十字路に差し掛かった頃、カロムの頭の上からつこみの手は消えていた。

「ほんなら僕こっちですから、お先失礼しますー」
「拙者も此方なので、お暇するでござるよ」
「おー、二人とも気ーつけやー」

 カロムとすんきはそれそれ正反対の道を帰って行く。俺とつこみはこのまま道を真っ直ぐ行く。この4人で帰るのは珍しいことだった。正確に言えば、朝早くから呼び出されて学校へ一緒に登校するのも夕方帰ろうと約束を取り付けているわけでもないのに自然と一緒に帰っているのも大抵がつこみとカロムなもんで、そこにすんきが入ることは滅多に無かったからだ。
 急に俺とつこみだけになった道路は、先程と全く同じ道幅なのにやけに広くなったように感じる。電柱と電柱の間はこんなにも広かったっけ、とも。仄かに薄暗くなっていたが、ぽつぽつと規則的に配置された電柱や家から漏れる光が重なって疎らに夜の道を照らしている。

「……なあ、つこみ」
「んあー?何や?」
「……いや、やっぱ何でもねぇ。悪い」
「何や、ノマル今日ちょっと変とちゃうか?熱があるとか」

 と言ってベタに俺の額に手のひらを付けて体温を測ろうとしているようだが、如何せん背の低さというウィークポイントが邪魔して思うようにいかないらしい。
 そういえば大和と会長も少し身長差、というか体格差があるが、うちとは正反対だ。それに身長差があると言っても、彼らのものはごく僅かだ。元々放送部では会長とカロム、それからつこみ以外はほぼ全員背が高いというポジションに属する。俺も然程低いわけではないので、特に低いつこみと並ぶと兄弟のようだと言われたこともあったほどだ。

 そう考えるとついおかしくなって口元がにやけてしまった。それを見逃さないつこみは、顔を真っ赤にして怒鳴りだす。

「そ、そんな笑わんでもえーやんかー!俺かて好きでこんな低身長になったわけとちゃうねん!」
「あー、分かってる分かってる、悪かったって」
「ノマルのあほー……そないに笑ったらお仕置きするで!」

 ぷっくり頬を膨らませて、帽子をかぶりなおすつこみをぼんやり眺めていると、突然そんなことを叫ぶ。何を言っているんだろうこいつは、などと思った。しかも、それもぼんやり。正直目の前でぎゃあぎゃあと怒鳴りつけられようが、つこみが相手だと子供に説教されているようで興ざめさえしそうなのだった。無論、冷めはしないが。
 白けたような表情で――無論そこに愛は一応詰まっている――つこみを見守っていると、突然くるんと俺の背後へ回る。何するんだよ、と言おうとした瞬間、視界ががくんと下がって、気付けば地面に膝は愚か手までついていた。

 ――こいつ、膝カックンしやがったな。今時こんな古い手使いやがって。

「はははー!こーなったら俺のほうが背高いやん!ノマルにはこのままで居てもらおかー!」

 相当なしてやったり顔だ。このままって、この、四つん這いのままってことか?全くこいつはシャレにもならないことを平気で言いやがるから困ったものだ。俺は膝も手も地面についているのに、それを踏まえてつこみより身長が高いわけがない。そんな奴が居たら十中八九化け物である。

「〜てめ、つこみ……お前いい加減に――」

 流石に少々頭にきたから怒鳴りつけてやろうと顔を上げた瞬間、唇にやわらかい感触を覚える。その数秒間は時間が止まったようにさえ感じる。視界には、如何にもファーストキスで緊張してます、という目の瞑り方が強張ったつこみの顔と、遠い向こうの方に小さな星が瞬いているのが映っていた。電柱の黄と黒の縦縞模様さえ見えるので、相当低い姿勢らしい。
 そんなことだけ冷静だったが、この状況をどうすればいいのかという問題に関しては、頭の中では誰も考えてくれなかったのだ。

「…………つ、こみ」

 暫くして唇が離れると、ようやく自分の現在の格好を見る事が出来た。つい先程まで四つん這いになってたはずの俺は押され倒され、その上からキスされていたことになる。人通りも少なく随分辺りが暗くなっていたからいいものの、これをバルヨナの誰かに目撃などされていたらそれこそヤバいなぁ、とげんなりする。見られていないようだからいいが。

「はは、ノマル顔まっかっかやで」

 ああ、こいつには勝てない。つくづく思い知らされたのであった。










不可侵にはもう飽きた
(お互い不可侵じゃどうにもなんねえだろ)



















(080907)


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