かしゃん、と硬いもの同士が小さくぶつかる音がした。それは幸い双方ともの身体には落ちてこず、ほっと安堵したのも束の間、大和は更に誉に詰め寄ってきた。息を詰めた瞬間、また背後から幾つか細かな音が聞こえた。その音に気を取られた誉の手首は、既に大和の手中にある。

「……この、でれすけ」
「うっつぁしー、ですよ?誉さん」

 誉の口調を真似て大和は更に距離を詰めようとする。
 無駄ににこやかなその顔をぶん殴ってやりたい。誉はそう強く思った。しかし相手は卓球部、言わば元運動部であり、元吹奏楽部の腕力の敵う相手ではない。この時ほど誉は自分の担当していた楽器がもう少し大きければと悔やんだことはなかった。まあ、そもそも体格からして違うわけだが。

 誉は瞬時に現在の状況を理解した。迷うことなく大和はベッドに向かおうとしている。保健室の眩いほどに白いシーツを背にしてようやく気付いた。つい先程までは薬品の並ぶ棚に誉は背を向けていたはずなのに、逃げ回っている内に辿り着いていたらしい。いや、大和が導いたとでも言うべきか。

「誉さん」

 頭蓋骨から脳味噌の至る所まで残らず蕩けてしまいそうな大和の甘い声に、誉の意識は一瞬飛びそうになった。こうなってしまってはもう何も考えることが出来なくなる。言いかえれば大和に翻弄されるがままの状況。
 いつの間にか背とベッドが密着していた。次いで上に大和が見える。蛍光灯からの逆光で顔が黒くなってしまっていて、細かい表情を読み取る事が出来ない。ベッドに寝かされたままそんなことを冷静に考えている誉に大和の顔が徐々に降りてきた。ぎこちなさも何もなく、随分と慣れたキス。

「……きつ、ね」

 誉から発せられた言葉は最早言葉としての意味は持ち合わせていない。
 大和はその言葉を聞いたや否や誉の唇にもう一度キスを落とす。いつもと同じものよりも若干力が強いような、などと誉がぼんやり考えているとそこへ侵入物が現れた。それは既に言わずもがな。

 あの保険医の性格なのか、意外にもこの保健室は綺麗に整頓されている。そこへ何十秒も響いているように思えさえする水音。時折漏れる甘い声が大和のものなのか誉のものなのかさえ誉には考える余地さえなかった。

「あーやばい。誉さん可愛い。続行します!」
「ちょ、やんですよ!授業始まっちま……、ふ」

 嫌がる言葉を無理やり遮断され、誉は腹が立って大和に回した手の指先に力を込めた。いて、と大和が一言漏らした頃、時計は予鈴のなる一分前を差していた。












否応なしに、
(口は拒絶するくせに、心も体も彼を受け入れようとしている)



















(081008)


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