近頃まともに授業を受けることが出来なくなってきていた。ペンを握ってから暫くしてノートを見れば余白に「奈良」だの「大和」だのとみっちり書き込まれていて、ああまたか、と溜息を吐く回数が多くなっていたのである。
――俺は余程、重症らしい。
 この行為は無意識のまま行われ、我に返ったが最後虚無感だけが胸を支配する。どうにも居た堪れない気分になる。こんなに乙女チックに堕ちてしまった自分と原因のあいつを力一杯呪うばかりだ。二十四回目の大和を書ききった頃、そういえば彼の名前をまともに呼んでやったことがないことに気付いた。今更、それは何の意味も成さない話だが。

 その日の下校時、彼は校門の前で吐息を白くさせていた。大和は誉の姿が見えた途端、顔をぱあっと明るくさせて頬を緩ませた。お互い一緒に帰る約束はどの日も取り合わせたことはなかったが、いつの間にかこんな日が始まっていた。特にお互いそのことについては問いもせず、こんな日はずっと続いていた。
 彼は今にも燃え上がりそうな赤い指を交互に揉みつつ微かに囁きかけた。

「……誉さん」

 その声は聞こえるか否かの微妙な瀬戸際で、大半は白い吐息が全て掻っ攫っていった。もしかすると彼は声に出していなかったのかもしれない、口を動かしただけなのを自分がそう見えてしまったのかもしれない――そう考え出すと、どれだけ自分が彼の些細なことも見つけられる気になっているのだろうと恥ずかしくなった。思わず可笑しくて笑ってしまいそうになった。

「……何です」
「え?聞こえた?声に出したつもりなかったのに」
「……えっ、えぇ……っ!?」
「嘘だよー」

 ははは、と笑う大和を尻目に、わざわざ顔を真っ赤にさせて大袈裟に反応してしまった自分を殴りたくなった。
 大和はそんな誉など構いもせず腹を抱えて笑っている。

「……にしゃ、一遍殴られた方が良いと思います」
「あはははは誉さん顔真っ赤ー可愛いー」
「うっつぁしーです、でれすけ!」

 今の言葉を10個に分ければ、その内5つか6つには確実に侮蔑を盛り込んだ――といっても、顔は真っ赤だろうからあまり迫力はないだろうが――。大和はそれに気付いたのか一瞬眉を顰めてからまたいつもの陽気な顔に戻った。――その顔に一瞬ばかり見蕩れたのは、言うまでもなく。彼はこういう真剣な顔をしたり笑ったり表情がころころ変わるからつかみにくいのだ。

「今日、今年一番の冷え込みらしいですよ。どうりで寒いわけですねー」
「こんなんで寒いなんて、聞いて呆れます」
「ああ、そっか。福島生まれのウサギさんにこんなこと言った俺が間違ってました」

 両頬に空気を溜めて上辺だけ拗ねている横の顔を睨みつける。大和は少しばかり視線を左右させて、最終的に誉の視界に入ってにっこり微笑んだ。そのにこやかな瞳に目潰しを食らわしてやろうかと考えたのは胸の奥にしまっておくことにした。

「そういや誉さん、俺の名前呼んだことないよね」
「……っ、な、何です、そっだらごと」
「いや……何て言うか、愛情感じないよ的な?」
「一生感じねーでいいです!」

 半ば泣きそうになりながら叫んで、家の玄関まで走った。といってもすぐ前、僅か5mにも満たない距離だったが。

「大和、また明日」
 その言葉が聞こえたか否か、それは彼の表情に委ねておくことにしよう。









   名月地に堕ちず
白日度を失わず 

(嗚呼、柄にもない)

















シチュエーションというか話の流れ方がよく分からないです

(081121)


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