夏休みになってからも、ノマルは放送部のメンバーと顔をあわせる機会が多かった。 ノマル自身は、まだまだ育ち盛りの弟達の世話や家事、バイトなどでいつも通り忙しない日を送っている。

 晩御飯の支度をしていると、例に漏れず、見た目小学生組がひょっこりと現れた(見た目小学生組とは、要するにカロムとつこみのことを指す)。 素早い小口切りを目の当たりにしながら、同い年の女子でもここまで手際良くは料理出来ひんやろうな、とつこみは密やかに思った。 カロムはその隣で、ノマルに尊敬の眼差しを向けている。

「ノマルはんって鮒寿司とか作れはるんですかー?」
「……どうだろ。作ったことねーけど」
「鮒寿司ってあんなに美味しーのにあんま好きな人がおらへんのですよねー……」

 周囲に可憐な花のイメージを幾つか散らしながら郷土料理である鮒寿司に思いを馳せていた。 その表情は、どこか悲しそうでもある。
 ノマルもつこみも、実は鮒寿司に対してのイメージを良く持っていなかった。 あまり詳しく知らない所為も手伝ってか、そのイメージによる形相はえも言われぬ不気味さと異様さが交錯している。 ともすると鮒が大きな口をくぱりと開けてこちらを襲ってくるような感覚にさえ陥ることも屡あるほどだ。

「また今度調べといてやるよ。作れそうだったら作ってみる」
「ほんまでっか〜?さすがノマルはんですわー」
「カロばっかズルいわー。俺にもたこ焼き作ってーな」
「はいはい、また今度な」

 このような会話を交わしながら、気付けばノマルは既に今日のメインを作り上げていた。 3人の目にはそれぞれの角度から、きっと間もなく起きてくる、府内家の子供たちが大喜びするであろうカレーが映っている。 時刻は7時まであと5分を残していた。

「うまそー」
「ほんまノマルはんの作るご飯はいっつもめっちゃ美味しそうですわぁ〜」
「……サンキュ」

 少し照れ臭そうにノマルは微笑んだ。 幾ら家が大変だからといっても、男が家事に長けているというのはやはりどこか恥ずかしいらしい。 府内家の長男として生まれたノマルは母を早くに亡くし、家事育児に追われる日々を過ごしている。 今でも空いた時間は極力バイトを入れて家計を潤している。といっても、微々たるものだが。
 そんな日々を、彼は弱冠15歳で熟している。 つこみにはそれが信じられなかった。 母親に蒸発されたつこみはオッちゃんに拾われ、オッちゃんは全てを世話してくれた。 だから自分でそれを遣って退けるノマルにはただ尊敬の念を送るばかりであった。

「よしカロム、今日はノマルんちでご飯食ってこか!」
「賛成ですう〜」
「ちょっ……弟達の食うもんなくなったらどーしてくれんだよ!」

 つこみは冗談のつもりで、ノマルにもそれは分かっていたが、思わず必死にならざるを得なかった。 食わせるのは3人のまだ幼い弟と父親だけとはいえ、弟達は弟達で食べ盛りで、つこみやカロムも高校生としての食べ盛りである。 その差は歴然だ。 体は小さいが、それでも弟3人分くらいは優に食べられるだろう。主につこみが。

「……ノマルはん、頑張らはりますねぇ」

 不意にカロムが口を開いた。 何を思ったわけでもないらしく、どこかぽやんと間の抜けた表情をしている。 つこみとノマルは同時に目を丸くしてカロムを見つめた。 一方は心底驚いた表情で、一方は些かの冷や汗を垂らしながら。

「……かっ、カロム、何言うとん」
「へ?僕なんか変なこと言いましたやろか?」
「……や、その、それは」

 何、と言われるとはっきり言葉で表せない歯痒さを感じながら、果たして本人の前で言っていいのかも少し引っかかった。 カロムの言葉は同情に酷く似ていて、恐らく彼はそんなつもりで言ったわけではないだろうが、少なくともつこみにはその意味にも取れてしまった。 きっとカロムでなかったらこの状況下でこんなことは言わないだろう。 といっても、ノマルも気にしてはいないのだろうが。

「いいよつこみ。カロムも気にすんな」
「ノマル……」
「だってカロムは、何つーか……何も考えてなさそうだし」
「いや、ノマルそれは失礼やわ」
「ほんまですわ〜」
「……まぁ、俺が頑張らねーとな。一応長男だし」

 そう言いながら盛り付け終わったカレーを机の上に置いて、弟達が楽しそうな夢へダイブしている最中の現場へ向かう。 ノマルがつこみとカロムの傍を通った時、皆の鼻にカレーの匂いがかすめた。 つこみとカロムから距離を置いたところで、ノマルはすっかり寝入っていた弟達の目を覚ますのに必死らしい。

 程なくして弟たちを引き連れてノマルが戻ってきた。 次いで弟たちが寝惚け眼をこすりながら歩いてきた。 といっても、カレーを見た瞬間に瞳が輝いたのは言うまでもない。

「食ってくか?お前らがちょっと食う程度は残るだろうし」
「あー。ええねん。せっかくの家族団欒に水差すわけにもいかんしな」
「僕らはもうお暇させていただきますう」
「ほんならまた明日な、ノマル」
「あぁ、また明日」

 つられてノマルも言葉を漏らした。 後ろから早く晩御飯を食べようという弟たちのオーラを感じ、2人を見送る暇もないまま急いで家の中へと戻っていった。




また明日!
(……ちょっと待て、それは明日も来ると言うことか?)


(w.090806)(u.100329)
ほんの少しだけ加筆修正。当時長く文が書けるようリハビリをしていました。
一応カロム習作です。しかし殆ど空気。何てこった。カロごめんね…


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