目の前に現れた物体とそれの以前の姿を頭の中で比較してから、大きく溜め息を吐いた。キッチンに立ち込める甘ったるい匂いは、それとほぼ変わりはないのだけれど。つい先ほどまではあれほど自己主張していたこいつの匂いも光沢も、今みると自信なさ気に俯いているようにすら見える。数枚に亘るチョコの残骸を見遣ってからもう一度溜め息を吐く。時計はボクを見下ろすように2時を告げたところだった。
2月14日の午後2時過ぎに一人で外へ出かけた理由は至極単純、まさか自分がここまで料理下手だとは思ってもみなかったのだ。家庭科の授業でこれほどのヘマをした記憶はかつてない。そこそこは出来ると信じていた。何が悪かったのかと一つ一つの行動を思い返してみても、手順は間違えていないつもりでいるから何が悪いのか分からない。
当日になっても売っているだろうかと不安を抱えながらデパートへ来たものの、まだ目を輝かせてそこにいる女性が多いからか、品数は少なくはなかった。火神君には出来れば手作りをあげたかった――というのは、アメリカでは男女関わらず贈り物をする風習があると聞き、向こうでは存分に良いものをたくさんの人から貰っていたんだろうと思ったから――のだが、あそこまで酷い出来になったものをやすやすと渡すわけにはいかなかった。
結局数十分悩んだ挙句ピンクの、いかにも女らしいものを選んだ。これという意味はなかった。強いて言うならインスピレーションがはたらいたというのが大きな理由。店を出た瞬間、渡す相手のことを考えてピンクは選択ミスであったかもしれないと思い直したが、最早手遅れであった。
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いつもの時間に定位置についてから間もなく、彼も現れた。恥ずかしい気持ちを抑えつつチョコレートを渡したあと、家に帰ってテレビを見なければよかったと思ったのはその直後であった。
「みなさん、チョコを作るときは美味しそうだからって牛乳とか入れちゃだめですよ〜!チョコが固まってしまいますからね!」
「…………どうせならもっと前の日に言ってもらいたかったです」
余りは勿体無いので、砂でも入れて黄瀬君に渡しておいたら意外と好評でした。次の日の部活に来なかったそうですが、どうかしたんでしょうかね。
too sweet,
(だって、そんなこと知らなかったんです)
side 火神
牛乳の失敗談はとある男子より(笑)
(090214)