教室に俺とカントクしかいない朝は割とよくあった。朝練で早くから学校に来ていると教室に入るのも早くなることが多いからだ。誰もいない静かな教室の中、俺が頬杖なんかつきながらぼんやり後姿を眺めていることをカントクは多分知らない。本当は二年になってクラスが同じになり始めてからずっと続けているのだけれど、彼女はちっとも気にする様子はない。
「あっ」
 不意にカントクは小さく言葉を漏らして、つい先程まで忙しなく動かしていた手の動きもぴたりとやめた。この場合の「あっ」は十中八九良くないような気がする。イントネーション的に。
 予感的中、という四文字が俺の頭の中に飛び込んできたのはその直後だった。恐る恐るといった様子もなく(むしろ胸を張って)彼女は俺の前に立ち、一言。

「日向君、英語の教科書ある?」
「……あるけど」
「貸してくれない?今日授業ないしうっかりしてたわ」
「あぁ、そういや今日提出の宿題出てたな」

 あまり置き勉はしないタチで、英語の教科書はすんなりと見つけることができた。教科書の端の方が折れていたが、そのままカントクに渡すと「ありがと」と一言だけ返して気にする素振りもなかった。
 まあなんと素っ気無いことだろう。同年代の女子はこんなもんなのだろうか。まあ、そのサバサバした性格を好きになったのだけれども。俺の葛藤を露知らず、カントクは既に自分の席について黙々と作業をこなしていた。

 数時間後に教科書を返しにきたときもカントクはいつも通りあっさりしていたが、次の英語の時間に教科書を開くと出てきた猫の絵に思わず頬が綻んでしまうのだった。






猫の誘惑
(日向君、教科書貸してくれてありがとニャー)



こんなやりとりがあったら可愛いなあ、とか…!
日向もいちいち気にしてると可愛いです(笑)

(090309)


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