「くーろこ、っち」
「……黄瀬君?」

 部活帰りに古本屋へ寄るのは、ボクのちょっとした趣味でもあった。今日はお目当ての本は見つからなかったけれど気になる本が幾つかあったので購入した後に道へ出た途端、聞き慣れた声が頭上からやけに楽しげに降ってきた。金糸を上下に揺らしながら小走り気味に走ってきた黄瀬君を見上げながらボクは先程買った本のどれから読もうか思案していた。

「黒子っちってほんと本好きっスよね」
「昔からです。それに、面白いですから」
「何が好きなのか分かんないス。前、詩集とかも読んでたし」
「文字が並んでいるものなら大抵どれでも読みます」

 そう言ってつい先程買った本を早速手に取り、歩きながら読み始めた。黄瀬君は話し相手が突然本を読み出しても動じない。端的に言えば中学時代からこんなボクが傍にいるからこそ慣れてしまったのだろう。そんなことお構いなしに、黄瀬君のお喋りはとどまることを知らない。

 ふと目についた大きなビルに張り出された特大級のポスターを見て唖然とした。遅れて黄瀬君もそれを目で確認して、にっこりと微笑んだ。

「大きく出るってのは聞いてたんスけどね、まさかこんなに大きいとは」
「知らなかったんですか?自分の、広告なのに」
「自分の広告ってわけじゃないっスけど……明確なサイズまでは知らなかったっスね」
「……」

 そこにあったのは、人がいったい何百人覆い被されば隠れるであろう程の超特大の若者向け雑誌の広告。黄瀬君が特集されているからか、その広告の写真にも大々的に黄瀬君が掲載されている。人通りの多いこんな場所での宣伝効果とはどれほどのものなのかボクには見当さえつかない。
 黄瀬君の顔を隠すまいとあれこれ必死に配置したであろう文字は、若者向け雑誌をあまり読むことのないボクにも惹きつけられるものがあった。「黄瀬涼太特集!」「イケメンバスケプレイヤーの裏顔とは」「黄瀬が思いを馳せる子についてetcを聞いたよ!丸秘インタビュー」……最後のものは、特に目を引いた。

「あー、あれ、ほぼ即興で言ってるんスよ」

 主語が抜けていたが、ちょうど文字を目で追っていたボクのことをまじまじと見ていた黄瀬君が言うからに最後の項目のものなのだろうと疑わなかった。

「即興で、とは言いますけど、この類の話はよくされるんじゃないですか」
「そうっスね。一応モデルはいますけどね。別の雑誌で違うこと言っちゃったりしてちぐはぐになると困りますし」
「……意外です」
「ま、モデルは黒子っちなんスけどね」

 ――それは、どういう意味ですか。頭の中にその一文だけがポンと出てきたものの、口に出すまでに数秒を要した。言いかけた瞬間にタイミングが良いのやら悪いのやら、不意に黄瀬君の携帯が鳴った。シンプルな着信音だった。すぐ話を終えた黄瀬君は、これから仕事が入っているからまたね、とその場を後にした。
 何となく、黄瀬君へ電話がきたことはハプニングの一種であったにしろ、この後すぐに望んでどこかへ行くのではないだろうか。と思った。そうでないのならば「俺からは言わないので気になるなら買ってください」とかそういうことなのだろう。今走っていく黄瀬君の背中に大きくそう書かれているような錯覚に陥った。

 数分前に黄瀬君が走っていった交差点の信号に引っかかっていると、思い出したようにメールが届いた。「写真多めっスけど結構色々喋ったんで文字も並んでるっス!」とのことだった。古本屋のすぐ前での会話を思い出しながら、小さな溜息を一つついて近場の本屋に足を伸ばした。




なにとぞ
(……しかし、黄瀬君もよくやりますね)



黄瀬が可哀想じゃない黄黒を追求したらこんなことになりました。
(090315)


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