月の変わる頃、何となく彼が訪れる予感がした。
 春休み中と言えどインターハイを目指すボクらには休みなど無いに等しい。それほど練習を重ねて、時には倒れる者までいた。
 部室の小さな日めくりカレンダーが月の変化を告げた。キャプテンがもうそんな時期か、と溜息を吐いたことに気付いた者は3人といなかったろう。熱気のこもる部室に設備されている窓は新設校とあって(なのか)大きく、そこから入り込む冷たい風が心地よい。暫く背中にその風を感じていると部員の悲鳴にも似た叫びが聞こえて、後ろを向いた。すぐに見慣れた金糸を揺らしてにっこり微笑む黄瀬君の姿を確認できた。ああやっぱり、と微かに眉を顰めたボクの顔を捉えた者はいなかった。
「黒子っちー」
「何か用ですか」
「今日一緒に帰ろうと思って寄ったんスけど」
「キャプテン、その窓思いっきり閉めてください」
「え、ああ、……いいのか?」
「いいんです」
 遠慮なしにキャプテンが窓を閉めると、奥で何やら騒がしい黄瀬君の声が聞こえた。ボクを呼んでいるのか、はたまた怒っているのか、知る由も無いことであった。
「大変だな、お前も」
 不意に同情交じりで苦笑込みのコメントが頭上から降ってきた。
「ええ、本当に。火神君も体験すればよく分かります」
 ボクはそう呟いた。火神君はかなり嫌そうな表情を浮かべて「結構だ」とだけ返してきた。

 着替え終わってから外に出ると、もう春だというのに妙に冷たい風が吹き荒んでいた。こんなに寒いというのに校舎前にある桜の木の蕾は既に綻び始めているというのだから不思議だ。
「黒子っち酷いっス!」
 校門を抜けた瞬間に泣き言をぶつけられた。子供のように両手を上下させて今にも泣き叫びそうな黄瀬君は色んな意味で、痛い。さてこれをどうしてくれようかと思案していると「一緒に帰ろ」といつしか気分の収まった黄瀬君が笑っていた。
「分かりました、一緒に帰りますから」
 知らぬ間に黄瀬君に振り回されていたことに、口を閉じた後静かに理解する。日めくりカレンダーが窓の奥に見えた。


 黄瀬君の足は有無を言わさずマジバへ向かっていた。店に着いてから恐らくバニラシェイクを奢ってくれるのだろうと勝手に予想してみると、黄瀬君は自分の食べる分を次々に注文してから最後にそれを追加してくれた。やっぱり、という表情で黄瀬君を見ると何故だか微笑まれた。明らかに意思疎通が出来ていない証で、思わず笑ってしまったが黄瀬君はお釣りを貰うのに必死で気付かない。
「俺って黒子っちのこと嫌いなんスよね」
 席に着いた頃、黄瀬君は急に話を持ち出した。然程驚いた表情もせずに(驚いていないから驚いた表情が出来ないだけだけど)シェイクを啜った。
「そうですか、ボクは黄瀬君が大好きなんですが。」
 黄瀬君はマジバいちおしのハンバーガーを頬に詰め込んでいた途中で、ボクの言葉を聞いた瞬間ハンバーガーをぼとりと落とした。バニラシェイクの匂いにケチャップの匂いが微かに混ざり合う。
「……えーと、黒子っち、今日はどういう行事の日か、知ってるっスか?」
 黄瀬君の顔には、ボクがエイプリルフールと知らずに大好きだと答えたという期待と、エイプリルフールと知っていて大好きだと答えたという不安とが分かりやすく表れていた。口は笑っているが、目が笑えていない。ここまで狼狽する黄瀬君も滅多に見られるものではないので、少し面白かったけど。
「今日は4月1日、エイプリルフールですが」
「……」
 さっきまでボクを引っ掛けようといきいきしていた黄瀬君は見る見るうちにしょんぼりと俯いてしまった。黄瀬君は先程色々と思案した一番最悪の方面に展開が進んでしまったことを瞬時に理解できたようだった。
 シェイクを飲み終えて店を出ようとすると、食べ残しを全てゴミ箱に突っ込んで急いで黄瀬君が追いかけてきた。間接的といえど、(彼の脳内では)大嫌いと言われた相手を追いかけるものなのだろうかと思ったが、ここで追いかけてきてもらわなければボクが困る。


「黒子っちごめん、俺に悪いところがあれば直すから」
 今にも泣きそうな弱い声でボクを引きとめようとする黄瀬君があまりに可笑しくて、思わず途中で立ち止まって笑ってしまった。いくらボクと言えどずっと無表情でいられるわけもない。黄瀬君はぽかんとしていたが、糸が切れたら泣き出してしまいそうだった。
「黄瀬君、エイプリルフールは、嘘をつかなければならない日ではなく、あくまでもついていい日ですから」
「……えっ?ちょ、ちょっと黒子っち、それどういう」
「要するに義務の日ではなく権利の日だという話です」
「じゃあ、俺のこと、」
 先程のしょ気っぷりはどこへいったのやら、黄瀬君はいつもの輝きを取り戻していた。けれどまた同じことを言うのは癪でもあるけれど照れくさいから。
「……早く帰りましょう。日が暮れてしまいます」










    
(それと、もう二度と言いませんからね)



エイプリルフールに間に合わせるために必死になったら最後がとても手抜きになりました。
4月1日に話を合わせると何かおかしなことになりましたが気合で読んでやってください…

(090401)


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