その時日向は屋上にいた。ほか、男子バスケ部の2年メンバーも席を同じくしていた。和気藹々とした雰囲気の中、突風とも言うべき風が突然吹いて、直後可愛らしい熊のイラストが日向の視界を占領した。一瞬時が止まって、動き出すまでの時間が永遠のような。理解する暇もなかった。瞬間頭を思いっきり叩かれ、日向の時間はようやく動きを取り戻していく。
「……えーと。」
じんじん痛む後頭部に、水戸部が甲斐甲斐しく氷水を当ててやっていた。何が起こったかもよく分かっていない日向に、伊月は心配そうに「体調はたいちょうぶか」などと語りかけている。心配しているのだか心配していないのだか、傍から見れば後者である線が非常に強い。彼の名誉のため弁護しておくが、これでも一応大いに心配している。
「さっきのは何だったんだ……なぁ伊月」
「……俺の口から説明するのも憚られるん、だよね」
そう言ったあと伊月が日向と視線を合わせようとしないので、他のメンバーにも目を遣るが同じ結果として終わった。誰として視線を合わせたがらない。
ふと自分に影が貼りついていることに気付いて、そのまま真上を向くとカントクの姿があった。今一度訂正の場を設けてくれると言うのであれば、カントクの前に「般若面の」という語を付加すべきであった。といっても嫉妬に狂う女性の意味でなく、ただ顔がとても似ていた、それだけだ。
その曇った表情を数秒だけ眺めて、現状が理解できた。ぼやけていた脳内が一瞬でクリアになったが、頭はまだずきずきと痛んだ。
「……かっ、カン、トク」
「何かしら日向君?」
「えーと、あー、うん、何も、見てないですから!」
笑顔のカントクを前にすれば敬語にならざるを得ない。ははははー、と笑ったはずの声も最早掠れ切っている。伊月含め男子メンバーは少し距離を取った場所で面白そうに見物を決め込んでいる。水戸部だけは変わらず頭を冷やし続けてくれていて、日向はただ水戸部に敬服するしかなかった。後で何か奢ってやろう、とも。
「嘘、見てないはずないでしょ!」
「カントクもうやめてあげてー」
しかしあまりに恐ろしい顔をしていたのか、半ば泣きかけの小金井が止めに入った。だが現状がどうにかなる筈もなかった。というより、むしろ小金井のせいで悪化した。
「小金井君も見たわよね?ていうかここにいる全員見たわよね?」
「いいいいや見てないです!可愛い熊さんなんてそんな見てないです見てないです……うう……」
小金井が余計なことを口走りながら屋上の隅で三角座りですっかり塞ぎ込んでしまったので、水戸部は日向の保冷を続けるべきか小金井の機嫌を直すべきか迷っているらしかった。おろおろしている水戸部と塞ぎ込んだ小金井を哀れに眺めながら、伊月はこれ以上話がこちらに回ってこないことを強く所望した。カントクの機嫌は下降の一途を辿っている。最早我を失っているようにも見えた。というか失っている。
「何が可愛い熊さんだったのかな教えてくれるかな小金井君」
「……、」
水戸部が何とか止めに入るが、一人では手に負えないと思ったらしく慌てて伊月の方へ助けを求める視線を投げかけた。「う」と小さく呻いた伊月の声を聞いたものは恐らくいない。いるとして、水戸部ぐらいのものだろう。
「カントク、もうやめとけって」
「何か文句でもあるの?伊月君」
「……いや……、あ、ほら、事の発端は日向のせいだし」
「……うん……それもそう、よねぇ!」
「なっ!?伊月てめーそれでも友達か!」
伊月のまさかの裏切りによってカントクの怒りの矛先は完全に日向に向けられた。フェンスにぶつかりながら何か叫んでいるが伊月には知ったこっちゃない。気付けば水戸部も小金井も伊月の傍に居た。まあ、水戸部はただ一人日向を心配そうにしているが、それ以外は早くこの場から立ち去りたい一心が強かった。

「日向君結局見たわよね?」
「見てません!!」
「嘘吐くなって言ってんでしょ!」
「いたたたた逆エビの刑まじでやめて!!」

閉じた屋上の扉の奥で断末魔のような叫びが聞こえたが、3人には最早知ったことではなかった。



HELLO,BEAR!
(普通高校生ならもうちょっとこう、ストライプとか水玉とかをだな……)
(何か言った、日向君?)
(いいいやあああ何も言ってないですよおおお)



(090525)
習作2年生。
カントクのぱんつは可愛いイラストプリント希望!




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