あの時、どうしてあんなこと思ったんだっけ。記憶がどうも曖昧で、最中の前後あたりはすっぽりと抜けている。(ああ、そうか、あの時)ふとあの時の状況を思い出して、すぐに顔が真っ赤になる(あの時、あいつが顔を顰めたから)。

 この空間は色々なものが詰まっていた。汗のにおいと、洗い立てのシーツのやわらかな洗剤のにおいとがまざって、それでもこの世の幸せを凝縮したかのようなこの空間を嫌いにはどうしてもなれない(まあ、痛いのは須くご遠慮願いたいが)。
 意識を手放さんと必死になっているそのとき、不意にあいつの汗が顎から俺の額にまるでムササビの如き跳躍力を見せて降り立ったことに気付いた(無論そんな大層なわけもなくただ落ちただけである)。あいつの顔を見てやろうなんて(今にも飛びそうな意識のくせに)そんな好奇心で何とか意識を保っていた只中、あいつが、きゅっと顔を顰めたものだから。
「(……つめ、いたいんだろう、な)」
 思わずそんなことを思ってしまったのである。俺自身その時はいつも必死だが、翌朝蚯蚓腫れしているそれを眺めて申し訳なく思ったことは多々あったから。こいつは何ともないような顔をして、気にすんなって繰り返すだけだけど。
「……っ、」
 不意に辛く空気が振動して、それに直ぐこいつは反応した。驚いたような、申し訳ないような、一抹の不安が滲み出たようなかお。ふ、っと平気そうに微笑んでこいつの頬を撫でて、俺は大丈夫、って小さな声で呟いた。その時のこいつの泣きそうな顔ったら、写真に撮って校内に振り撒いてやろうかと思うほどに可笑しい。今が今でないのなら、盛大に笑ってやるところだ。

 カーテンの閉ざした窓から僅かに漏れる空が、徐々に表情を取り戻していた。上下逆さの時計で時刻を確認してから、俺は薄れた意識を完全に手放した。



眠りにつくまで



これを書いた直後ぐらいに、自分の中では古男寄りな気がしてきた。
話的には何を言ってるのかサッパリですが書きたかったものなので満足。

(090429)


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