朝早く、古市家の朝は昨日も一昨日も同じように忙しなく時が過ぎていた。
いつも通り妹にうるさく起こされて、いつも通り母に急かされ朝食を平らげて。
大した学校じゃないんだからちょっとの遅刻くらい、とは思うものの口には出さない本音である。 ふたつ下の妹は、オレに比べれば割かししっかりしている。 昔からそうだった。 兄弟のどちらかがちゃらんぽらんならばどちらかはしっかり者に育つと言うが……いやいや、それはオレがちゃらんぽらんだということになる。 違う、そういうことじゃなくてだな。 そうだ、男鹿家を例にすれば分かりやすいだろう。 男鹿家の弟、つまり男鹿辰巳の方は小学校の頃から付き合っていてよく分かるがまああんな奴である。 ちゃらんぽらん代表みたいな奴だ。 それに比べてお姉さんはあんなに綺麗で、セクシーで、しっかりしている。 つまりそういうことだ。 兄弟の片方がだめなら片方はしっかり育つ。 古市家にはそれが当てはまらなかっただけなのだ。 神様もびっくり、珍しく兄妹両方ともしっかり者に育ったというわけだ。 「お兄ちゃん、急がないと学校遅れちゃうよ」 ご飯を食べ終えてから着替えを済ませ部屋に戻ったなりそんな事を考えながらぼーっとしていると、ドアの奥でこそりとこちらを覗き見しているほのかが心配そうに呟いた。 「……んー」 生返事をひとつ返してベッドに横たわる。 ほのかはまだ寝るの、と少し呆れ口調になっていた。 「お前こそ、オレの相手なんかしてていいの」 「お兄ちゃんと違ってちゃんと準備やったもん。今日は早くに全部支度終えたの」 「ふーん……って、髪は?」 古市が指をさしたその場所をほのかが何気なしに手を伸ばす。 ほのかのトレードマークとも言える髪飾りがないことに気付いて、あ、と小さく声を漏らした。 ……あんだけ大口叩いといてそんなミスするもんかね。 オレの口から僅かに吐息が零れたのとほぼ同時くらいに、ほのかの顔が真っ赤になった。 「……ほのか」 「な、なに?」 「久々に、昔みたいにさ。オレが髪結んでやろうか」 なぜだか分からないが、そのときオレはその言葉を無意識に発していた。 違和感を覚えたのはすっかりそれを言い終わった後で。 つい最近ロリコンだ変態だと言われてしまったばかりだったことを思い出したのも、そのすぐ後。 あ、いや、別に深い理由は、なんてどこか後ろめたく思いながら必死に弁明をしていると、ドアの奥にいたほのかがくすりと笑う。 「そういえば昔はお兄ちゃんに毎日結んで貰ってたね」 「お前へったくそだったもんな、髪の毛結ぶの」 「今はちゃんと出来るもん!」 ほのかの髪飾り入れとなっているポーチの中は、昔と違っていっぱい詰まっていた。 この間お母さんに買ってもらったと喜んでいたものや、最近オレが買ってあげたものなど、見覚えのある髪飾りでそれはいっぱいになっていた。 思えばあんなに小さくて、男鹿に付いて回っていたオレの金魚のふんをしていたほのかは、すっかりこんなに大きくなっていた。 そうぼんやりしているとほのかはポーチをオレから取り上げ、その中を漁り始めた。 あれでもないこれでもないと選びながら。 今日の気分に合った髪飾りをつけるのだろう。 勝手知ったる女心、自分の妹と言えどそれは変わらない。 ……とか言ってたらまた気持ち悪がられたりキモ男呼ばわりされるのだろうが。 「お兄ちゃん、私これがいい。これで結んで欲しい」 徐に取り出した髪飾りに一瞬見覚えがあった。 けれど最近買ったような記憶はない。 ほのかはいつも新しい髪飾りが手に入るといつもオレに自慢しにやってきたから、全てに目を通していることになる。 だからどれを見せられてもある程度は見覚えがあるに決まっていた。 だけどその髪飾りはどこかあたたかくて、少し古いような印象を受けた。 じっと黙りこんでそれを見つめる。 「もしかして覚えてない?私がお兄ちゃんに初めて貰った髪飾り」 その言葉の全てが脳に辿り着いた頃に、その時の映像が自動的に脳裏に映写された。 抱き締めたくなるような、懐かしくて、小さくて、あたたかくて、朧げなその記憶。 「あぁ……まだちゃんと置いてたんだな」 「捨てたりするわけないでしょ?」 ほのかの髪はオレに似た銀の色をしていてオレよりもやわらかく、何度も指の隙間から零れ落ちる。 長い間結んでいない割には、昔のように綺麗に結んでやることができた。 「よし、こんなもんか」 「ありがと、お兄ちゃん」 少し色の褪せたそれを右上に光らせ、ほのかは満面の笑みを浮かべた。
happiness!
(110108)(その後二人は仲良く遅刻しましたとさ) 久々なのでリハビリがてら古市習作。笑 ほのかちゃんが髪飾りいっぱい持ってるとかそんなことは知りません相変わらず捏造です。 ほのかちゃんが可愛い髪飾り収集家だったら可愛いなあって思っただけです。笑 5・6合併号だったかな?で古市兄妹がたいへん可愛かったので思わず書きたくなってしまいまして。 べるぜは古市が大好きなので古市に関連してもうちょっと書きたいです。笑 |