男鹿くんはふと、男鹿くんと古市くんの家のちょうど中間にある公園へ、古市くんを誘って遊びに行こうと考えました。そうするにはまず古市くんの家へ迎えに行ってから、また公園へ戻らなければならないので、男鹿くんは古市くんの家に電話をかけてから公園集合にしようという旨を伝えようとも思ったのですが、なにぶん今日の男鹿くんはたいへん機嫌が良かったものですから、そのくらいの手間は厭いませんでした。
男鹿くんはお姉さんに一言遊びに行ってくる、とだけ伝え、颯爽と家を飛び出して行きました。とても空が青く見えます。いつもは少し怖い近所の大型犬も、今日はなぜだかちっとも怖くありません。
ちょうど半分ほどのところで、すぐそこに公園が見えました。男鹿くんは公園のほうを見たまま突然立ち止まり、「ん?」と声を漏らしました。その公園の中には、見知った銀糸が見えたのです。その他のことは植木などでよく見えず分かりませんでしたが、男鹿くんはそんなことお構いなしに、公園の中へと入って行きました。
最初に視界に入ったのは古市くんでした。傍には、古市くんの妹のほのかちゃんも見えます。男鹿くんはいつも通り元気に声をかけようと思いましたが、なにやら嫌な雰囲気が漂っていてそんなことを言えそうな空気ではなく、あげかけた手を静かに下ろしました。古市くんが、傷だらけだったのです。尤も、男鹿くんもいつも生傷を作っている身なのですが、古市くんがこんなにボロボロになっているのはあまり見たことがなかったので、男鹿くんはただ、変だなあと思ったのです。
「男のくせにないてやんの!」
植木などに邪魔されたせいもあり男鹿くんの視界には入っていませんでしたが、古市くんと向かい合った形で3,4人の同年代の男の子がいました。歳は少し上のようにも見えます。一瞬で頭に血がのぼって、今にも殴りかかろうとしたとき、古市くんは珍しく大きな声を張り上げたのです。
「ほのかのぬいぐるみ!……かえせよ!」
言われたまま男の子たちの手元を見ると、確かに古市くんの家で見た記憶のあるぬいぐるみが掴まれていました。つい先日古市くんの家に行ったときに、ほのかちゃんが見せてくれたものです。お兄ちゃんがゲームセンターで取ってくれた、と言っていたときのほのかちゃんの顔も古市くんの顔もとても嬉しそうでしたから、つられて男鹿くんも嬉しくなったのを覚えています。そのときのぬいぐるみでした。
「ふるいちが手ーはなせっつってんだろ、はなせよ」
気付けば男鹿くんは男の子たちの目の前に立っていました。古市くんもほのかちゃんも泣きながらぽかんと口を開けたまま男鹿くんの背中を凝視しています。男の子たちは僅かに後退りしました。でも、もう男鹿は暴れたりしたらだめなんだってママが言ってたぞ。一人の男の子がそう零したのを古市くんも聞いていました。そして心の中で頷きました。古市くんもその話を聞いたことがあるからです。
「……おが」
「あ?なんだ、ばか市」
「おまえ、ケンカしたらだめだって聞いたぞ。おかあさんにぶたれるとか、なんとかって」
「いーんだよ」
「……は?だめなんだろ?」
不思議な顔をして古市くんは男鹿くんの顔を見つめましたが、男鹿くんは依然として自分が間違っているといった様子は見せませんでした。
「お、おい、おが!」
男の子たちの一人が、恐る恐る男鹿くんを呼びました。彼の手に握られたくまのぬいぐるみはぐったりとしています。男鹿くんは不機嫌そうにそちらを振り返り、引き攣った笑顔を見せて言いました。
「3秒できえねーとどーなるかわかってんだろーな」
3秒数える前に、男の子たちは蜘蛛の子でも散らしたように三々五々どこかへ消えてしまいました。ほのかちゃんのぬいぐるみは地面の上で眠っています。それを手にとって、男鹿くんは古市くんの目の前に差し出しました。
「……ほら、もーいねーぞ」
「おが、……ありがと」
古市くんはほのかちゃんにそれを手渡して、ほのかちゃんの頭を撫でました。あいつらもーいなくなったぞ、と古市くんは言いました。怖くて古市くんの背にしがみついたままだったほのかちゃんはそれを聞いて顔を上げ、ぬいぐるみを抱き締めました。嬉しそうな顔をしています。古市くんの頬も綻びました。そしてそれは、男鹿くんも。
「……おが、さっきの。おかあさんにまたおこられちゃうぞ」
「あー?……なんともねーよっ」
隣で教えて欲しそうにしている古市くんをよそに、男鹿くんは背を向けてしまいました。なんとしても教えて欲しいと思っていた古市くんにとっては少しもどかしいような、寂しいような、悔しいような、なんとも言い表せないような感情が胸を覆い尽くしたのですが、男鹿くんにはそんなことは露ほども伝わっていません。言えなかったのです。男鹿くんはお母さんにご飯を抜かれても、お姉さんにお尻を百回叩かれるとしても、古市くんのためなら。――なんて。
そんな気も知らず後ろをちょこちょことついて回る古市くんのことをこれからも守ってやろう、男鹿くんは初めてそのとき、そう決めたのでした。





きみと、なつ
(そしてその密やかな決めごとは今日もなお破ってはいないのです)


(110826)
恐れ多くも「謀反」の桜夜さんへの押しつけ物です…!
小学校から幼馴染じゃなかったっけ、って気付いたのは全部書ききった後でした。笑
話つまらないのにどうしてこんなに長引いたの…
たしか元は、授業中に考えてたやつだったと思います。
だから成績悪いんです、授業はちゃんと受けましょう。
とりあえず今は、普通の、高校生のおがふるが、書きたいです。笑


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