本好からはなんだか甘い匂いがした。 ついもののはずみ、というか、勢い余って抱きしめてしまったため、本好が今どんな表情をしているのか分からない。 けどまあ、良い顔じゃあないんだろう。 いつも美っちゃん美っちゃんって美作のことばかり言ってるから悪いんだぞ、なんて思った。 悪いのは本好じゃなくて俺なのに。

「……なに、安田」

 結構なアクションを起こしたものだ、と本好を抱きしめながらも冷静さを取り戻した頭の中でそう自負していたのだが、本好はたいしたことでもなさそうにいつもの調子で一言。
(あぁ、なんか超怒ってそう。何この変態、とか、……思ってそう。)
付き合いは長い方のはずだが、俺も本好もどちらかといえば美作の方に寄りがちだったから、深く喋ることは少なかったのかもしれない。

「……ちょっと、安田。人来たらどうすんの」

 どこかで話す女子の声が遠くの方から聞こえてきて、本好は一瞬体を強張らせた。 可愛いな、とか思ったのも、いつからだろう、もう数えきれないくらいで。

「大丈夫だよ」
「……その自信の意味が分からないんだけど」

 ようやく本好の体に自由を与えてやると、彼は一歩下がってから怪訝そうに俺の顔を覗き込んできた。

「何?今日、熱でもあるの」
「バカは風邪引かねーんだよ」
「あぁ……自覚はしてたんだ」

 鋭い一言は聞かなかった、いや、聞こえなかったことにしよう。
 本好は俺から一歩の距離にいたから、手を伸ばせばまだ十分にとらえることができた。
 まあ、避けられたらそれはそれでいいか、と思いながら、そっと頭に手を伸ばすと、意外にも本好は避けなかった。

(…………よけろよ、そこは)

 先程のは不意打ちだったため避けるも何もなかったのだろうが、今俺が腕を伸ばすまでの時間は決して早くはなかった。 十分避けられたはずだ。

 (…………期待しちまうだろ、ばか本好)

 頭を軽く撫でてから髪を掬ったがさらさらと指の間から零れ落ちる。 そんじょそこらの女子よりも質は随分と良さそうだった。

「お前、女子が好きなんじゃないの?もしかしてそれ以上に髪が好きなの」

 抵抗もしないで本好は不思議そうに問うた。

「……さあな。お前こそ俺なんかに触られて嫌じゃねーのかよ」
「嫌、に決まってるだろ。美っちゃんならともかく」

 (嫌なら避けろよ。逃げろよ。あぁほら、またそうやって美作の名前を出すだろ?)
 本好の、先程からちっとも変わらない横顔を眺めて、様々が詰まった想いを送りつける。 送るというよりも投げるの方が近いのかもしれないし、はたまた刺すというのも間違っていない気がする。 勿論それは届きはしない。届かない方が都合がいい。 それにしても俺の想いはたいそう重そうでいて鋭そうだな、と自分でぼんやり思った。 棘をも伴っていそうだ、とも。

「……へーへーそーですか」

 俺といえばそう返すことしかできなくて、手はいつしか垂れ下がっていた。

「……安田」

 そう言った本好の声は酷く、酷く冷たく聞こえた。




ビター・ティアーズを飲み込んで
(あぁ、飲み込むたびに喉に突き刺さる)


(100603)
アレ…?安田変態…、あぁいや彼は変態だった 私は間違ってない
bitter tearsが悲痛な涙?かなんかそんなんだった気がするんですが凄く意味の分からんタイトルに。
いつものことですが。


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